死生観と自殺の問題について

人が自らの手でその命を絶つことは、やはり倫理的にも否定されることがほとんどです。一方で、その人自身にとっては、生きていること自体がこの上ない苦痛になっているため自殺の道を選んだ、ということになるのでしょう。

これは、不治の病の末期にある患者が尊厳死や安楽死を望むことと似ていると言えるかも知れません。大きな違いは、尊厳死や安楽死がどちらかといえば肉体的な苦痛を取り除くことを目的としているものであるのに対して、一般的な自殺は、いじめや経済的苦境など精神的な苦痛から逃れたいというものが主なものだと言えそうです。そしてそこには、その人の死生観も大きく関係していることも考えられます。

尊厳死や安楽死は、医学的・法律的に“適切”と判断できる客観的な基準が設定できるものですが、精神的な原因やその人の死生観によるものは客観的な判断が難しいため、こちらに「死ぬ権利」を認めるのは非常に難しい問題と言えるでしょう。

また、意味合いは多少違いますが、日本に限って考えると、過去においては武士の切腹や太平洋戦争中の「特攻」など、自分が属する組織などのために自ら死を選ぶという歴史もありました。